彼女が煙草に火をつけるたびに 僕は
「煙草やめないの?」
と言っていた。
彼女はその言葉にいつも微笑しながら
「そのうちやめる」
と、だけ言って 美味そうに僕の目の前で煙草を吸った。
僕も、それ以上は特に何も言わずに流れてゆく煙をいつもぼんやりと眺めていた。
「煙草なんて 何がいいのか全然わからない。煙たいしおいしくないし。」
と言うと、彼女は
「まぁ、お子様にはわからないんじゃないの?」
と、いつもの微笑をしながら悪びれた様子もなく答える。
少しだけカチンとしながらもいつまでも「お子様」扱いしてくれる事になんとなく安心感を覚えてしまったり。
でも、やっぱりちょっとおもしろくないから食い下がって
「大人になったらわかるってもんでもないと思うけど?」
って問い掛けたら
「そうだねぇ~。うん、正論だね。
まぁ、君はこの味は一生わからなくていいよ そこが君のいいところだしね」
って言って彼女はとても楽しそうにニッコリ笑った。
その時の彼女は本当に可愛らしかった。
それからも 彼女が煙草に火をつけるたびに、同じやり取りを繰り返した。
そして、そのやり取りを数え切れなくなって お互いにもう何も言わなくなった頃に僕たちは別々の道を歩むことを決断した。
最後に会った日に、彼女は自分の吸っている煙草の箱を忘れていった。
中身がまだ数本入っていた。
捨ててしまおうと思った
でも、なんとなく
本当になんとなくだけど
彼女との時間を振り返りながら、彼女が愛した煙草の味を最後に味わってみようかと思った。
幸い 喫煙具はあった。
口にくわえて 慣れない手付きで煙草に火をつける
今まで、彼女と何回も交わしたKISSの時の味がした。
流れていく煙をあの日のようにぼんやりと眺めながら
僕はその時はじめて煙草がおいしいと感じた。